k-styleにようこそ
k-styleの いのち(命)研究  

k-styleの全力、全生命力を捧げます

k-styleは喜びの心で仕え、捧げます


0 「k-style」

私はこれを読まれているあなたとの機縁に感謝致します。

私はあなたの善意の思念に感謝致します。

私は様々な支援を背後より得ている事に感謝しています。

私は様々な真実への導きに感謝しています。

私は私の知り得たものに感謝しています。

私は今、すべての事を喜びと共に感謝しています。




私は極普通に一般的生活をして生きています。今の私にはそれが十分の恵みです。

私は、この世の人間はその人生の課題あるいは使命に誠実に生きて(生活実践)さえしていれば、そのために必要とする物は特に欲しがらなくても十分に与えられる(相応の結果を招く)ものと、今現在は深く実感しています。

私自身は、極普通の一人の人間です。

したがって、極普通の人間としての欲望は、今現在も(相応に)理解は出来ます。

しかし、それに対する執着を(霊的真実意識において)離れた自分自身(自由な意識)をも自覚しています。

この自制心は、それなりの(地上的)欲望があって(欲求の経験を経て)こそ獲得できる大切な資質です。

極普通に生きている、その生活が自然の摂理(法則)にかなっている、それが私の願いです。

今現在のこの世における私の関心事は、自分自身の使命を果たす為に全力で努める事です。

 

私自身、今は常に(真の)幸せを得ています。誰にも奪われない、この地上の生死にも左右されることのない(真の)今(永遠の今)の私の幸せです。

もちろんですが、その幸せは有限の(物的現世的価値観での)私の幸せではありません。永遠(無限)の私(真のいのち、霊魂としての私自身)の幸せです。

そして、今は実感として、現世を生きる(現世の有限の)私も(まるごと)全身全霊において、その(真実の)幸せ(霊的自覚)の中にあります。

この(真の)幸せは、謙虚で誠実な(純粋な幼い子供のような、素直な)真実を求める心さえあれば、誰にも霊的自覚(永遠のいのち(命)としての真実の自覚)によって(その人相応に)実感体得可能なことであると、私は信じています。

 

私には霊的(霊視、霊感、霊聴的知覚、臨死等)体験が幾つかあります。青少年期の最初の体験からは、すでに数十年が経っています。しかし、当然の事ですが通常の生活においては、私自身はこの地上の極普通の一人の人間であると自覚しています。

この地上に生きている人間は誰もが、肉体に宿った霊的存在(霊体を持った霊魂)です。ですから霊的体験は霊媒体質の人や霊的意識の強い人には、何時起こっても(感応しても)不思議な事ではありません。

霊的影響という事では、誰もが(正邪善悪等様々)受けているのですが、この世では物質性が優位にある為に、その表面意識(顕在意識)で実感することは(通常)困難な面があるのです。

明らかな霊的事象(霊的体験)は、地上界的、霊界的なそれらの事象の必要性等が絶妙な要素要因となって(摂理、法則の許される範囲において)起きているものと、私は(今は)思っています。

霊的事象は霊的摂理(物的を含む、霊的自然法則)に従って起こります。そして、その内容は最善から最悪まであり得るのです。

 

私はそれらの霊的体験をすることでより強い霊的自覚を得ましたが、それは時が過ぎるほどにより大きな意味(内容の深遠さ)を持ち始めました。

それらの体験は当初は自ら求めたものではありませんが、授けられたすべてに対して今は深く感謝しています。

それらの体験で霊的摂理をその時すぐに理解できたという事ではありません。

それらの体験で霊的摂理の実在を知り得たのです。

 

それらの体験の一つ一つが、その後の霊的摂理研究の大きな支えになっています。

それらの体験のために、霊的摂理に近づき導かれたといえます。

それらの体験で自分自身の使命を知り得たのです。

私は私自身が何処からきたのかを知っています。

その果たすべき使命を今は知っています。

私は知り得た限りの真実を伝える者の内の一人(メッセンジャー、配達要員)です。

お一人お一人のいのち(命)のもとに、真実(真理、宇宙の摂理)を届ける係りの者です。

出来る限り、誰にも分かりやすく、その真実を届ける事を目指します。

 

世の人々に知ってほしい大切な事は、真実(真理、宇宙の摂理)です。

私は私自身の置かれた物的、霊的状況を深く感謝しています。

私は(この世において)極普通の(人の子)一人の人間です。

私はこの使命に生き続けます。

私は、このなにより大切な使命を果たします。

私は、あなたの真の幸せを願ってこの使命をおこないます。

 

真実(宇宙の自然法則)の研究について、お断りしておくべき事があります。

私は真実(霊的摂理を含む自然法則)探求とその言葉による表現に誤りを起こさないように、常に努力していますが、この世の一人の人間(地上人間)としては誤る事が無いとは言い切れません。

さらには、この世の言葉に頼る以上は言葉による限界も生じます。私の使用する言葉に対する誤解をあらかじめすべて防ぐことは、不可能に近いと言えます。

ですから、あなたはあなたの理性と良心に照らしてあなたが現在納得出来るものだけを拾い上げて下さい。

私自身も常に謙虚な心に立ち返り、理解や表現の誤りに気付いた時は直ぐに正すことを心がけます。人間は完全には成れませんが、完全に向かって何時でも努力は出来ます。

あなたに拾い上げられた真実(言葉)が、あなたの霊性向上に役立つ事が私の願いです。

 

霊的摂理を知るという事について、お願いしておきたい事があります。

霊的摂理を知るという事は(その内容の多少にもよりますが)大きな意味があります。

それは霊的利益を得ると共に、霊的責任を得るということです。

霊的摂理(真実)に対して誠実に真剣に素直に向かう人は、どうぞその善い思念で得た知識を、自分以外の人にも善い何らかの形(思念、言葉、行為)としてその善い影響(効果、波動)を送って(伝えて)下さい。

 

同時に、これもとても大切な真実(摂理)ですが、たとえ摂理を知らなかったと後で言い訳しても、摂理に反したものが見逃されるような事は決してありません。(通常の人間は本性意識(理性、良心)的には、重要(必要)な摂理を直観(知覚)しています)

摂理を知る(学ぶ)事はとても大切な(真に重要な)事なのです。地上の決まり(法律)のあり方からも、類推してみて下さい。

あなたがたとえば「その法律を知らなかったから許してほしい」と言ってみても、もしも法律に反する重大な間違い(罪)を犯した時には、それ(法律を知らなかった事)を理由に罪が許される事はありません。

この地上においても大切(重要)な法律は知って(学んで)おく必要があります。

この(地上人間の人知を超越する完全、完璧な)摂理(宇宙の自然法則)は、人間の法律のように法の網をくぐり抜ける人間を生む事は決してありません。

摂理(宇宙の自然法則)の全てを知る事は不可能ではあっても、重要な摂理を(可能な範囲で)出来る限り学ぶ(真の知恵を得る)事、そしてそれを実行(生活実践)する事はとても大切な事なのです。

 

霊的摂理(真実)を真剣に、真面目に、切実に求める思念が(あなたのその自由意志によって)おきた時が絶好の機縁(機会)となります。

その自ら求める心が大切な事なのです。そういう時にこそ真の実りを得られる事になります。

霊的摂理(真実)を正しく知る(真実を覚る、悟る)という事は、(その時のあなたの霊的成熟度にもよりますが)この世における価値観(物質中心的価値観)が引っくり返ることを意味します。

この世の物質的(本能的)欲望は霊的自我(本性自身)によって、正しく制御(コントロール)されることになります。

その正しい自制心(理性、良心)によって、善い心がけによる実りある(喜びの)生活(思念、言葉、行為)がなされるようになるのです。

その真実(真理)を正しく知った(覚った、悟った)時から、あなたは(真実の意味においての)善いこと(幸せ、喜び)を相応に(常に)得ることになるのです。



今現在の、あなたの自由意志による選択がどのように善くても悪くても、その個人(個霊)の自由意志は絶対的な尊厳をもっているのです。そして自由にはそれ相応の責任が伴います。

その選択の責任はどこまでもあなた自身にあるのです。そして当然ですがその(自由意志による)選択の成果(幸せ、喜び)もあなた自身にあるのです。(自業自得は因果応報の法則と表現される摂理です)

今回の出会いを通しまして、あなたに善い機縁(真の機会)が訪れますように、私は願っています。

 

真実(霊的摂理を含む全宇宙の自然法則の源)が、人に求めているものは、自分以外の人に善いものを与える事です。(深い意味においては、それこそが自分自身も善いものを得る事になるのです)

善いものとは、奉仕(人助け)であり、真の愛の思念(思いやり、優しさ)であり、自己中心の逆の精神(奉仕的精神、人のための自己の働き)であり利他奉仕です。(実はそれが真に自己を活かす道であるのです)

(いのち(命)の源の一光である)あなたには(その内に)幸せ(喜び)の光(真実の光明)が十分に(秘められて)ある(あり得る)のです。

自己中心の、自分の欲望を他の人に求め続ける生活(精神、思念)は真の幸せ(喜び)には到達出来ません。

利他奉仕の、自分の持つ有益なもの(人に役立つ事)を他の人に与える生活(精神、思念)こそ真の幸せ(喜び)に到達出来るのです。

深い意味(摂理)においては、人に与えたもの(思い、言葉、行為)こそが自分に(真実に)与えられる(感じられる)ものなのです。

あなたから他の人に、何らかの善い影響(真の幸せ、喜び)が与えられる事が私の願いです。

 

真の意味において人間は平等です。

だれも真の幸せ(喜び)を得る可能性を持っています。

あなたも、あわてず、あせらず着実に向上の道を歩まれますように。

その向上の歩みが、すでに真の幸せ(喜び)と共にあるのです。

その歩みは、真実(宇宙の自然法則)に適った歩みです。

 

真の幸せ(喜び)は、すべての人のいのち(命)の内にあります。

どうぞ、あなたの真の幸せ(喜び)が実りますように。

真の幸せ(喜び)は、今でもあなたの中(内)にあります。

それを今も育てているのは、あなた自身です。

それを知ればあなたのいのち(命)から外に(真実の)幸せ(喜び)の世界は広がりを見せ始めます。

 

永遠のいのち(命)と愛と知恵と力の源(創造主)の摂理(この宇宙の自然法則)が正しく啓示され、その真実(真理)の光(輝き)が、あなたの大切ないのち(命)まで届きますように。愛と喜びの心で感謝を捧げます。ありがとうございます。


2 「お迎え」

戻る