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26 「科学と霊性、宇宙とプラーナ(霊気) V」

プラーナ(霊気)に類する言葉として、霊子、生命エーテル、光のエネルギー、光子、光量子等があります。

今はその定義や概念を深く追及することは控えますが、プラーナ(霊気)は宇宙エネルギーです。

我々の永遠のいのち(命)は霊魂です。

その永遠のいのち(命)を真に支えている力は、あらゆる次元の宇宙に浸透している光(宇宙エネルギー)です。

その光は柔らかくて剛い(つよい)エネルギーです。

軽やかで強いエネルギーです。

明るくて自由自在のエネルギーです。

その動きは、いのち(命)を象徴しています。

その光エネルギーは異次元世界からこの世(物質現象界)に現れます(現象顕現します)。

その光エネルギーは、無量に現れ、動き、明るく輝き、美しく煌き(きらめき)、消え、再び無量に現れます。

物質界のあらゆる存在に、必要とする力(エネルギー)として浸透しています。

超物質的、非物質的、半物質的、物質的、生滅運動を繰り返します。

決して真に消滅する事はありません。形を変え、次元を変えて常に存在しています。

そのエネルギー(力)は常に動き続け、働き続けています。

その本質は永遠の自由自在な生命力、いのち(命)の宇宙エネルギーです。

その宇宙エネルギーは無限性(永遠性)に満ちています。

 

それは、多次元的媒体、地上の物質を支える存在(霊質)、いのち(命)を支える存在(霊性)です。

物質性を支えているのは霊質性です。物質太陽の恩恵と共に、次元を超える霊質太陽(霊性の太陽)の恩恵(いのちの本質エネルギー)も受けているのです。

我々は肉体で生きているのと同時に霊的身体をも有しているのです。従って霊的エネルギー(いのちの本質エネルギー)も絶対的必要素であるのです。

その霊的エネルギー(プラーナ、霊気)は、地上のあらゆる生命を本質的に支える存在(霊素、生命素、生命力)です。

そして同時に、その霊的エネルギー(光)の本質的働きは、地上のあらゆる物質(電子、原子、分子始めあらゆる物的存在)を支える(素粒子的、微粒子的、量子的、波動的等)様々な形態的働きの可能性を持つ宇宙エネルギーとしての働きです。

したがって、オーラと同じようにその光(プラーナ、霊気)も、地上物質的な明確な解釈(物質科学的理解)は、現時点の物質科学のみでは困難であると、私は理解しています。そこに霊的科学(霊的理解)の必要性があるでしょう。

 

その光(プラーナ、霊気)については、もう一つの私的な観察もあります。

建物の中においては、特に薄明かりの中、オーラと共に小さな多数の光のきらめき、輝きが見えます。

その光は、プラーナの一面の存在形態(現象)であると、私は感じています。

そして、様々な表現形態を持つオーラの光(輝き)そのものも、その始原(元素エネルギー)はプラーナ(霊気)であると、私は確信しています。

 

 

さらにもう一つ見えるものがあります。

これもオーラの見えている人には見える(見えている)可能性があると思います。

それは、あの光(プラーナ、霊気)とは形も動きもまったく違うものです。

それは、私にはすべてが(毎回)建物の中に居る時に見えるものです。

建物の中で上から下に向かって直線的に降り注いでいます。

 

最初に見た時は、垂直より少しずれた70〜80度程の角度で、斜めに高速で降り注いでいました。

最初に見えた時、私自身が自分の目を疑わざるを得ませんでした。

周りには五、六人いましたが、当然誰も何も言いません(気付いていません)。

私は、ただただそれに見入っていました。

それは、たとえは難しいのですが、極小さな針(あるいは小さな小さな雨粒)が無数に降り注いでいる様でした。

それは、一方向へすべてが同じ速度で土砂降りの雨のように、全面的に降り注いでいました。

私は、その時(最初に見えた時)はただ見入っていたのです。

 

それは、半物質的存在(電磁気的エネルギー等)の動き(働き)と私は(今は)感じています。

それは、身体に良いもの悪いもの等、その良否は簡単には言えませんが、取り立てて悪いものであるとは、私自身は思っていません。

これは、それが見える場所、様々な状況等からの私自身の判断です(それは、今現在はオーラと同じように意識する事で日常的に見えています)。

 

オーラがあるように、この世には、通常の人に肉眼では見えていない様々な(肉体五感を超えた)ものが確かにあります。

もちろんですが、それらもオーラと同じように、誰でもきっかけさえあれば、強弱の差はあっても、見えたり感じたりする可能性があるものと、私は思っています(人間は、誰でも肉体的人間であると同時に霊的人間でもあるからです)。

 

私は、それらが見える事を取り立てて証明しようとは思いませんし、誰にでも今直ぐに分かってもらおうとも思ってはいません。

しかし、あなたに通常は見えなくても、これから先、何かの時に様々なものが見えるかもしれません。

その時には、あなたが事象を疑うだけで終わらせずに、しっかり事実(真実)を見つめてほしいと、私は願っています。

その人の個性(カルマ、課題、使命)や条件や状況等によって、様々な感覚が現れたりする事も、それ相応の摂理の働きであるのです。

見える見えないで、その人の人格や霊格が決まるわけではありません。何らかの五感を超えたものが見えたり、感じられたりする事によって、真実(摂理、法則)への理解が進む事、その影響が人々の霊性進化向上に何らかの役に立つ事が、大切(必要)な事であると私は理解しています。

一番大切な事は、見える見えないという事ではありません。大切なのは、このいのち(命)の真実(真理)を知り、その摂理(宇宙の自然法則)を知り、摂理に則した正しい生活実践(善意善行)をする事、それによって自らの霊性(霊格)をより高めて(進化向上して)行く事です。

 

霊的現象も通常は見えなくても、この世で様々に影響し、作用しています。

現在の、物質中心の科学者がどのように否定しようと霊的現象はあります。

現在でも、多くの人たちが霊体(幽霊)を見たと証言しています。

また、他界直後の知り合いの霊体(幽霊)を見た、またはその何らかの印(知らせ)を得たと言う人たちも沢山います。

臨死体験や幽体離脱体験によって、霊的感覚や霊的世界を体験したと言う人たちも沢山います。

さらには、霊的存在者(霊人、光の存在者等)に会ったり、何らかのメッセージを受け取ったと言う人たちもいます。

私自身も、同じ性質のそれらの体験をしています。

実は誰も常に霊的存在に見守られ、また取り巻かれています。

霊的存在に、善かれ悪しかれ様々な影響を受けています。

当然ですが、基本的には、善い思念でいる時は善い霊的影響を受け、悪い思念でいる時は悪い霊的影響を受ける事になります。

さらには、私たち地上人間側も、意識的にせよ無意識的にせよ、彼らに様々な影響を与えているのです。

 

霊的事実を知る事(霊的摂理を知り、霊的自覚を持って生きる事)は、この世を生きている誰にとっても、価値のある大切な事です。

過去多年にわたり、世界中の多くの研究者等によって、霊的事実(真実、摂理)の人々への普及の努力がされて来ました。現在も、霊的事実(真実、摂理)の普及啓蒙に努力されておられる研究者の方々がおられます。

さらには、多くの科学者や研究者等の霊現象研究報告の成果や、あるいは、真実の霊言、霊訓等を分かりやすい形で発信、配信、出版等(発表周知)している人々も多数おられます。

それらの多くの人々の努力の賜物として、一人また一人と、真実(真理)に触れ、その働きである霊的摂理を知り、霊的自覚に目覚める人が増えていると、私は確信しています。

 

どのような研究成果にも多少の不足や過誤等はあり得る事です。

そこに霊的真実を認め、根本的な真理の輝きを示している見解であったなら、私たちは、その多少の不足や過誤、見解の相違点等を争い合うより、大きな真実(真理)の一致点を認め合う事が、ひとまず大切です。

もちろんですが、霊的真実について、人々に根本的(基本的)に誤った観念を抱かせている教え(と称するもの)は安易に認める事は出来ません。

この世においては、霊的真実を完璧に知るというような事は困難ですが、その時点における完全性に向かって常に努力する事が望まれます。それが、真の霊性進化向上へと、つながって行く道となるでしょう。

真実(真理)は一つです。その働き(摂理、法則)も一つです。総ての流れはそこ(真実)に収束一致して行きます。

真実(真理)、その働き(摂理、法則)は不変です。

 

この世に起こる事は総てに原因(理由)があります。

その人の持っている個性(カルマ、課題、使命等)に応じて、さらには、その自由意志の働く範囲に応じて、その人(霊魂)の進化向上に必要な事が、必要な時起きているのです。

総ての出会いは、因縁因果に結ばれてあなたの前に現れます。偶然に起こる事は何一つありません。そこであなたは、その自由意志(許容範囲内)によって、自分の行動を決めて(選び)、それに見合った自分の未来を作り上げていく事になります。

今現在の出会いも、その摂理(自然法則)から決して外れてはいないのです。

様々な機会を通して、あなたに必要な、大切な真実(真理)が示される事になるのです。

それらの大切な機会(チャンス)を見逃すことなく、真実(真理)の輝きを見つけて下さい。

大切なのは、自ら決定し(選び)、自ら行動して体験(善行)を積み、自身(本性、霊魂)の霊性進化向上を果たす事です。

その霊的成果も霊的責任も自分自身(あなた自身)にあることを、ぜひ自覚して下さい。

 

人間の本質は霊魂です。いのち(命)の本質は霊魂です。

永遠のいのち(命)である霊魂(あなた)にとって、この世の人生は一瞬とも言えるほどに短いものです(それは、この世を過ぎ行く時に、通常は気づく事になります)。

今現在この世に、肉体人間として在る時に、その恩恵を、時間を、経験を大切にして下さい。

 

あなたが、世間の(物質中心的)常識や社会慣習という狭い枠に、あまり縛られる事なく、人間的礼節と同胞愛(利他愛)を大切にして、真実(霊的摂理)の知恵に満たされ、霊的自覚を持って、今回の人生を有意義に生きて行かれますように、私は願っています。

 

永遠のいのち(命)と愛と知恵と力の源(創造主)の摂理(この宇宙の自然法則)が正しく啓示され、その真実(真理)の光(輝き)が、あなたの大切ないのち(命)まで届きますように。愛と喜びの心で感謝を捧げます。ありがとうございます。


27 「その方との再会とメッセージ」

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