k-styleにようこそ
k-styleの いのち(命)研究  

k-styleの全力、全生命力を捧げます

k-styleは喜びの心で仕え、捧げます


43 「(真実の)愛の人」

愛という言葉は多くの意味を表し得る言葉です。

 

今回は(真実の)愛の人、という面から考えてみたいと思います。

その(真実の)愛とはエゴ的欲愛(利己的、情欲的欲愛)等の事ではありません。

地上人間としての心的(霊的)成熟度(強弱)の差はあるとしても、(相応な)真実の愛(無償的愛、普遍的愛)を持ち得た人という観点から考えてみたいと思います。

 

【この地上を生きる人間は、どのように知識を積み重ねても、どのように技術を磨き込んでも、どのように美を追求しても、、、、、。

そして、その結果どれほどの(一時的、地上的)富を財を権勢を名誉を名声を快楽等を手に入れたとしても、、、、、。

もしも、それらが(おもに)利己(エゴ)的愛欲の追求、充足、満足の為であったならば、単に地上生活で自分自身を楽しませた(自己満足させた)とは言えても、地上生活から(真実の)成果(宝物)を得たとまでは言い得ないのです。

 

(真実の)価値においては、一般の生活者にも大人物(と言われる人)にも(何らの)差別の必要性はありません。

それは、(例えば)ある人が(演劇の)舞台で、王や女王や政治家や富豪や大芸術家や有名芸能人等を演じたか、あるいは一般的な(平凡な)男女等を演じたか程の(役柄の)違いに過ぎません。

たしかに地上(現象的世界)の評価においては(相応の)違いがあるとは言えますが、その評価はこの地上(現象的世界)限定の評価(価値)に過ぎません。

 

大切な消え去らない(真実の)成果(宝物)は、その演じている役者(人間)の(真実の)心(本心、本性)が、その出演している舞台や役柄等(地上生活)の実体験を通して、何を感じどのように成長(浄化進化向上)を果たしたかにかかっています。

そこには、各人各様(千差万別)に(数え切れない、無数の)学ぶべき(様々な)要素があり得ます。

そして、それらの多くの学びを通した中で(究極的に)学ぶべき(体験取得すべき)最も大切なもの(総てを光輝きに変え得るもの)が(真実の)愛なのです】

 

いのち(命)の本質は(真実の)愛です。

 

(真実の)愛が伴わなくては、どのような(表面的)善行も色あせ薄らいでしまいます。

(真実の)愛が伴わなくては、どのような(地上的)努力も色あせ薄らいでしまいます。

(真実の)愛の不足(欠如)こそが邪悪(いのち(命)の暗闇)を引き起こします。

 

(真実の)愛の充足(体験取得、自己研磨)こそが(真実の)喜び(いのち(命)の光輝き)を招きます。

この地上人生から精一杯に(真実の)愛を学ぶ(体験取得する、自己研磨する)ことが大切です。

 

(真実の)愛の人は、(この宇宙の摂理に適った)正しい自制の心を得た人でもあります。

(真実の)愛の人は、(この宇宙の摂理に適った)正しい知恵の心を得た人でもあります。

(真実の)愛の人は、人間としての喜びの源である利他愛の心を得た人でもあります。

 

他の人(他のいのち(命))に尽くす事(利他愛の実践)は、(真実の)喜びを実践者にもたらします。

その心に(ふさわしい)宝物(真実の愛)が光輝きます。

 

【永遠のいのち(命)の世界に存在しています

あなたが(そして私たちの誰もが)この光輝き(真実の愛)を得られますように

人々(皆)が(真実の)愛の人に成る事が出来ますように

そして(地上の言語を超えた)その美しい光輝き(真実の愛)の源に向かい(速やかに)無上の喜び(歓喜)と共に進み行く事が出来ますように】

 

あなたが(真実の)愛への理解を深められて、いのち(命)の源の摂理(この宇宙の自然法則)に適った(日々の)生活実践(善意善行)を通して、一層の(真実の)霊性浄化進化向上を果たされますように、私は願っています。

 

永遠のいのち(命)と愛と知恵と力の源(創造主)の摂理(この宇宙の自然法則)が正しく啓示され、その真実(真理)の光(輝き)が、あなたの大切ないのち(命)まで届きますように。愛と喜びの心で感謝を捧げます。ありがとうございます。


44 「(真実の自我)真我 T」

戻る