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8 「その方の臨終時と遺訓編」

その方は心からの優しさを持たれた人でした。

周囲の人々に細やかな思いやりを常に示しておられました。

私はその方の哀れみの顔はともかく怒りの表情を見たおぼえがありません。

その方は年齢を重ねられて八十有余年を迎えておられました。

それまではほとんど医師(病気、怪我)との縁の少ない人生でした。

 

体調を崩されて二度めの入院をされたその日、その方の身内の人に医師より「三日以内の容態です」と告げられました。

その方はその時に病院のベッドで起きた事象を私に話して下さいました。

「三人の人が現れてね、{、、、、、、の、、、、、、様}と挨拶をね、何かうやうやしくね」

「そして、とっても丁寧にね、 {、、、、、体から抜け出られるよう、、、、、} とね」

「、、、、、、、、」

 

その時、その事象(その人々の様子や表現内容)については、その方本人が少し戸惑いを示しておられましたが、その人々(霊人達)の話(意思疎通)はきちんと理解しておられました。

しかし、その方はその日にその体(肉体)から抜け出られる事はありませんでした。

その時の三人のお迎えの人達は、特に見覚えのある人達ではないと、その時点では言われていました。

 

その方は一時回復をされて、その二ヶ月程後に亡くなられました。

その間にその身に起こった事もある程度、私に話して下さいました。

「、、、、、、が見え、、、。 、、、、、が聞こえ、、、。」等の

いわゆる霊視、霊聴等にあたる事象です。

その方の二ヶ月程は、身内の人々総てが納得出来る、穏やかな別れの為の配慮の期間となりました。

 

その方は臨終二日ほど前から身内の人々に「(身体を)さすってほしい」と言われました。

その時は医師より「一日二日が峠です」と言われていました。

そして最後の臨終まで、意識はしっかりしていましたが痛がる事も苦しがる事もほとんどありませんでした。

臨終を迎えられる少し(三十分程)前に、「もうさするのはいいよ」と意志を示されました。

身体(肉体)は弱っていましたが、その目は最後(臨終)まで生き生きとされて様々な意志を示しておられました。時々は視線を遠くにして穏やかに見ておられました(高い知性が感じられるお顔でした)。

 

私は最後(臨終)の瞬間にもその身元におりました。

もう言葉はありませんでしたが、目で最後の意志を示されたと感じました。

その目で「ありがとうね、もういくよ」と伝えて下さった、と感じました。

その瞬間に確かにその方は頭のほうへ抜け出られた、と感じました。

その動きが伝わって参りました。

 

その後、短期間の内に遺訓編が出来上がる事になりました。霊言ではなく霊感的文章です。

しばらくの期間、その方を思念する度に常に身近にその方を実感していました。

その方は、今はいのち(命)の源により近い境涯へと帰られていると感じています。

今も思念する事で身近にその方の温もりを感じています。

この遺訓編があなたの霊性向上の助けとなります事が何よりの願いです。

           「真の優しさを持たれた方からのメッセージ(遺訓編)」

 

永遠のいのち(命)と愛と知恵と力の源(創造主)の摂理(この宇宙の自然法則)が正しく啓示され、その真実(真理)の光(輝き)が、あなたの大切ないのち(命)まで届きますように。愛と喜びの心で感謝を捧げます。ありがとうございます。


9 「霊的体験とオーラ」

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